2015.02.03(火)

機能性素材特集その1 ω3脂肪酸とルテイン

有田 誠先生
独立行政法人 理科学研究所
総合生命医科学研究センター
メタボローム研究チーム
チームリーダー
公立大学法人 横浜市立大学
大学院 生命医科学研究科
客員教授 薬学博士

機能性素材特集その1:ω3脂肪酸とルテイン
脂肪酸代謝バランスや分布を解明し脂肪酸栄養の指標に!
スペシャルインタビュー 有田 誠先生

 

Fat-1遺伝子発現マウスで確認
心機能保持は間質細胞にω3脂肪酸が多いことが影響

 

──有田先生は現在、脂肪酸のメタボローム解析で日本の最先端の研究をされていらっしゃるとお伺いして、 本日取材に参りました。よろしくお願いいたします。

 

有田 こちらこそ、よろしくお願いいたします。日本人の食生活が変化してきていることが、 メタボリックシンドロームや動脈硬化やがんなどが近年増えてきていることと関係しているのではないかという事が巷でいわれています。 その中で特に、魚食中心の食生活に多いω3脂肪酸と、西洋食に多いω6脂肪酸とのバランスが重要な要素の一つではないか、といわれています。 そこで、本当にω3脂肪酸とω6脂肪酸のバランスがヒトの健康維持において重要なのか、もしそうであればその分子メカニズムは どのようになっているのか、ということを追究することが我々の研究テーマです。ヒトの健康維持において適切な体内の脂肪酸代謝バランスが わかれば、栄養として摂取するべき脂肪酸のバランスや量もより的確にわかります。また、日常から魚をよく食べる人とそうでない人では サプリメントの意味も変わってきます。さらに、同じような食事をしても、個々の体質によって体内の脂肪酸代謝バランスや分布が 違う可能性もあります。そこをしっかりと解明することで、より良い脂肪酸栄養の指標につながればいいと考えております。 生体は生体膜の脂肪酸バランスをある一定のレベルに保とうとする「フィードバックメカニズム」を持っております。 一方で、食餌として摂取した脂肪酸バランスによっても直接影響を受けています。生体が本来持っているゲノムにコードされた要素と 環境が相互作用する中で恒常性が維持されるしくみを理解しようとするのが、脂肪酸研究の面白いところです。

 

──そこで脂肪酸のお話ですが。

 

有田 脂肪酸の種類について、とくに質の異なる脂肪酸とは、具体的に以下の3つが挙げられます。 1.二重結合の有無(飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸) 2.不飽和の中でも二重結合の位置の違い(ω3脂肪酸とω6脂肪酸) 3.脂肪酸鎖の長さの違い パルミチン酸など飽和脂肪酸を培養細胞に高濃度添加すると、細胞死が誘発されることがあります。これは脂肪毒性といわれるもので、 小胞体ストレスの関与などそのメカニズムが研究されています。面白いのはここに不飽和脂肪酸、 たとえばオレイン酸やリノール酸を混ぜるだけで細胞死が抑制されます。これは飽和と不飽和脂肪酸のバランスが、細胞が生きるか 死ぬかという大きな事象に関わっているという事を示しています。また、高脂肪食の摂取による肥満において、 脂肪組織で炎症が起きて全身性のインスリン抵抗性や糖尿病に至る過程においても、組織中の飽和・不飽和脂肪酸バランスは重要であると言われています。 不飽和脂肪酸の中でもω3脂肪酸とω6脂肪酸のバランスに関しては、炎症の制御との関連が指摘されています。 さらに、同じω3脂肪酸でもEPAとDHAの間にも、その機能的役割において何か質的違いがあるのではないかと考えられています。 たとえばDHAは脳や網膜、心筋など特定の臓器に非常に多く分布していますが、EPAの体内分布や代謝コンパートメントとは大きく異なります。 つまり、体の中ではEPAとDHAは明らかに識別され、使い分けられています。しかし、どのような酵素や輸送体によって 識別されて異なる分布や代謝パターンを示すのか、その分子メカニズムは良くわかっていません。 もうひとつは脂肪酸の長さです。これはC16以上の長鎖脂肪酸の話なのですが、脂肪酸伸長酵素(Elovl6)ノックアウトマウスの解析から 明らかになってきた事象があります。Elovl6はC16をC18 に伸ばす酵素なのですが、これが欠損すると内因性にC16とC18脂肪酸のバランスが変化します。 このマウスに高脂肪食を与えると、野生型マウスと同じように太るのですが、不思議なことにインスリン抵抗性になりません。 つまり脂肪酸は量だけの問題ではなくて、質の違いが糖尿病になりやすいといった病態予後に関わってくるということです。 すなわち、生体内の脂質の機能を考える上で、脂質の量だけではなく質の違いを見分けることが大事であり、このことを我々は「リポクオリティ」と呼んでいます。

 

──非常に興味深いお話です。

 

有田 脂肪酸の質の多様性が生体に及ぼす影響を考える上で、以下の3つが重要です。 一つは、生体膜を構成するリン脂質の成分としての機能です。生体膜の主要な構成成分はリン脂質ですが、 そこに結合している脂肪酸の種類が変化すると膜の状態や機能が大きく影響を受けることが予想されます。 ふたつ目は、トリグリセリドなど中性脂肪の脂肪酸組成で、これはエネルギー代謝に影響を与える可能性が考えられます。 三つ目は、シグナル分子の前駆体としての脂肪酸の役割が挙げられます。例えば、生体膜リン脂質から切りだされた アラキドン酸からはプロスタグランジンやロイコトリエンなどのシグナル分子ができて、それらが周囲の細胞に存在する 受容体を介して炎症反応を起こしたり、熱を出したりといろいろな生理機能にかかわっていることはよく知られています。 アスピリンなど非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の作用機構は、プロスタグランジン合成酵素の阻害であることからも、 脂肪酸代謝系が炎症制御に果たす役割が大きいことが伺えます。アラキドン酸はω6脂肪酸ですが、 これとEPAやDHAなどのω3脂肪酸のバランスが変わることによって、脂肪酸代謝物の中でシグナル分子の生成バランスが 大きく影響を受けることが予想されます。従って、例えばω3脂肪酸の抗炎症作用について考える上で、 脂肪酸バランスの変化が引き起こす代謝の全体像を包括的に捉える必要があります。 私たちが質量分析システムを用いて取り組んでいるのはまさにここです。ω6脂肪酸のアラキドン酸は、 その代謝物であるプロスタブランジンやロイコトリエンが炎症や発熱に関わる生理活性を有しています。一方で、 ω3脂肪酸は主にアラキドン酸代謝系と競合することで炎症を抑制すると考えられてきましたが、 最近新たにω3脂肪酸から生成する抗炎症性代謝物(レゾルビンやプロテクチン)が見いだされ、その生理機能が注目されています。 また、これらω6/ω3脂肪酸バランスの変化は、お互いの代謝にも影響をあたえることで全体のバランスが構成されていると考えられ、 その全体像を把握することが重要になります。

 

──なるほど。

 

有田 まずは本当にω3脂肪酸が体にいいのか? という事です。ω3脂肪酸が体にいいと言われる根拠は大きく分けて3つあります。 疫学コホート研究、介入試験、そして遺伝学的解析になります。この中でも遺伝学的解析についてご説明いたします。 哺乳動物は体内でω3脂肪酸を生合成できませんが、線虫や海藻類などにはω3脂肪酸合成酵素(Fat-1)遺伝子が存在しています。 そこで、Fat-1遺伝子をマウスの体内で発現させて、ω3脂肪酸を生合成することができる「Fat-1トランスジェニックマウス」が作られました。 このマウスは、野生型と同じ餌を食べていても、Fat-1遺伝子を持っているだけで骨格筋、心臓、脳をはじめ全身レベルでω3脂肪酸の量が増えます。 このFat-1マウスは、炎症性疾患に対する抵抗性や、がんになりにくいことが、これまでに世界中の研究で確認されています。 このように、Fat-1マウスはこれまで栄養学的な解析しかなされてこなかったω3脂肪酸の生理機能に対して、遺伝学的な根拠を与え、 かつ分子レベルでの解析が可能になりました。そこで、我々は栄養学的にもω3脂肪酸との関連が最も良く指摘されている、 心血管系の疾患に着目した解析を行いました。

──いわゆる心臓の疾患ですね。

 

有田 まずはω3脂肪酸の心臓保護作用について検証する目的で、圧付加により心臓が肥大して心不全に陥る実験を行いました。 モデルマウスの血管を部分的に縛り、左心室に血圧が持続的にかかるようにすると、2週間ほどで心肥大の状況になり、 その後4─8週間ほどで心筋組織の線維化・リモデリングが生じ、心不全の状態になります。この一連のプロセス中で、 Fat-1マウスにおいて心機能が保持されるのか、またその作用はどの細胞により担われるのか、という観点で研究を進めました。 結論から申し上げますと、Fat-1マウスは、圧負荷ストレスを与えても心臓の機能が維持されるという事がわかりました。 しかも、その維持する効果には、心筋の実質細胞にω3脂肪酸が多いという事よりも、むしろ骨髄から心臓に誘導される間質細胞 (主にマクロファージ)にω3脂肪酸が多いことが影響しているという事がわかってきました。さらに、動員されてきた マクロファージが18-HEPEというEPAの代謝物を心臓局所で産生することによって、臓器の線維化、繊維芽細胞の活性化を 抑えているのではないかということもわかってきました。この結果、今まで栄養学的にしか言われていなかったω3脂肪酸の 心臓保護効果に対する分子生物学的な裏付けがとれたのみならず、18-HEPEという新たなω3脂肪酸由来の活性代謝物が 見出されるに至りました。ω3脂肪酸の作用メカニズム解析もこういった形で進みつつあるというのが現状です。

──このような実験が最近になって行われたのはなぜでしょうか?

 

有田 一つは2004年にFat-1 トランスジェニックマウスができたことが大きいですね。 もうひとつはω3脂肪酸をはじめとする脂肪酸代謝物を包括的に測定するようなシステムが発達したことにあります。 近年の質量分析技術の目覚ましい発展により、現在、私たちが取り組んでいる、「メタボロミクス」という、 生体内の代謝物の全体像を網羅的に捉えるための方法論が可能になってきました。 そもそも「メタボローム」は、代謝物(メタボライト)の全体像をいかにして見るか? という事ですので、 その対象は水溶性物質から脂溶性物質まで、いろいろなものが含まれてきます。 一般的に水溶性物質は脂質と比べて比較的扱いが容易で、分析技術も進んでいます。 一方、脂質はその疎水性の性質から抽出方法や取扱いが難しいケースが多いです。ここを何とか克服して再現性よく測定できるように、 我々は脂質をしっかりと測れるシステムを整備することを目指しています。

 

──現在の測定の技術はどういった感じでしょうか?

 

有田 現在は、脂肪酸代謝物500種類ぐらいを一斉に定量分析できるようになっています。 その中から表現型と相関性を示す代謝経路や代謝物の候補を上げることにより、「この辺の代謝経路が生物活性を担っているのではないか?」 といったことを絞り込むという作業になります。一般的に脂質メディエーターは量的にも少なく、必要な時に作られてすぐに壊されてしまいます。 ですから測ることが非常に難しいです。それを成し遂げるために、まずは質量分析の精度を上げて高感度化することです。 さらに、代謝物が一過性であるところに関しては、ある代謝物を1個だけ見るのではなく、代謝経路の全体像を網羅的に捉えることによって、 確かにこの状況でこの代謝系が動いているな、といったことがわかります。網羅性と感度を上げることで、今まで測定が難しかった一過性のものまで 測れるようになってきたという事です。

 

──なんとなく理解できてきました。

 

有田 実際の応用例はいくつかあります。たとえば、マウスの食物アレルギーモデルにおいて、マウスが大豆油を含む餌を食べているか、 亜麻仁油を含む餌を食べているかによって、アレルギーの発症のリスクが大きく変化するという事例があります。ご存知の通り、 大豆油はω6脂肪酸(リノール酸)が豊富であり、一方の亜麻仁油はω3脂肪酸(αリノレン酸)が豊富です。 このとき、食べている脂肪酸の質の違いが、腸管で脂肪酸代謝バランスの変化を引き起こしていることが想像されます。 実際に大豆油と亜麻仁油を一定期間摂取したマウスの腸管のメタボローム解析を行うと、特徴的な違いが認められます。 さらに、その中で抗アレルギー効果に関わる代謝系を見出す、あるいは抗アレルギー活性を示す代謝物を同定する、 などの展開が期待されます。また、母乳中の脂肪酸代謝物のメタボローム解析を行い、アレルギーをはじめとする小児疾患の発症リスクとの 相関を検討するのも良いでしょう。もしかしたら母親の脂肪酸栄養バランスが子供のアレルギー体質に関わるかもしれない、 といったことを検証できるかもしれません。また、その脂肪酸をどれだけ摂取すれば効果が期待できるか? といったようなことも、 ある特定の代謝物群の産生パターンを測ることによって栄養価を評価することが今後可能になるかもしれません。 このように、メタボローム解析はω3をはじめとする脂肪酸の栄養価を評価する指標として応用される可能性もありますし、 健康食品や創薬にもつながる可能性もあります。例えば、メタボローム解析から抗炎症作用や抗アレルギー作用を有する 脂肪酸代謝物が見つかった場合、これを多く含んだ健康食品の開発も期待できるでしょう。また、その化合物がどうやって 抗炎症作用や抗アレルギー作用を発揮しているのかを受容体レベルで明らかにすることができれば、そこを標的とした創薬シードとなる可能性もあります。

 

──壮大なお話になってきました。

 

有田 脂肪酸の代謝を網羅的に見ることができるこのメタボローム解析に力を入れている理由は、これまでになんとなく 経験的に言われている脂肪酸の機能性にもう少し分子レベルでの根拠を与えて、そこから新しい健康食品や創薬などに貢献できないかということです。 また、最近ではただ分析を行うだけでなく、たとえば他施設の研究者の方に一定期間来ていただき、 分析の技術や結果の解釈について実際のところを学んでもらうようなことも行っております。 とくにω3脂肪酸の代謝物をより広い範囲で見るという事であれば、世界の中でも我々は高いレベルにあると思います。 実際に海外の研究者からも共同研究の打診も多くありますし、共著論文も数多く出しています。 優秀な分析機器はもちろんですが、測定するときの標準化合物をライブラリーとして用意することも重要です。 脂肪酸の代謝物は市販品として手に入るものもありますが、手に入らないものは自分たちで合成して、標準品ストックとして持っておきます。 それらの化合物を用いて最適化した条件で分析すれば、より確かな情報が得られます。 ある意味泥臭い努力の積み重ねから成るこの部分が、今では我々の一番の強みになっています。

 

──わくわくするようなお話をたくさんお伺いできました。本日は本当にありがとうございました。

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